小説『イボロ』の構想メモです。2005年くらいのもの。
夜会には美しい衣装を身にまとった人々がいっぱいで、わたしはビュッフェの傍らで、小粋にグラスのネックをつまんで立っていたが、その実雰囲気に馴染めずにいたのは間違いなかった。たくさんの人がそれぞれのパートナーと、あるいは偶然出会った知己との会話に笑顔をほころばせている。わたしはそれらを眺めながら、おれの空腹こそがおれの唯一の真実で、その他のことなんぞ、クソくらえだと、心の中でぼやいたものだ。まるでうそっぱちじゃないか。わたしは仕事の事を思いだした。それはかんかん照りの山で穀物をぶちまけるという肉体労働だった。しかしそれは肉体労働とひと言にまとめるには定義づけしにくい。ぶちまけた穀物がイボロの巣穴に入らぬよう、考慮する必要があるからだ。イボロの巣穴に穀物粒が入ったが最後、噛み付こうとするやつを追っ払う手間がかかる上、上官からどやされるのだ。とにかくいやな仕事で、辟易している。明日にでも辞表をだそうかというくらい、やりたくないのだ。でも、わたしはそっちを思いだすことの方が、とりあえず自分主体の世界に自分をおくことになるわけで、くだらぬ夜会の陳腐な音楽に耳を貸さなくて済む分、いくらか有意義な時間を過ごせると思うのだ。
…とにかく飲もう。今日は飲んで飲んで飲みあかし、わたしはわたしの酒量の頂点を極め、踊り狂い、連中の傍ら痛さを醸し、大迷惑者として今日の記念碑となるのだ。それから明日、わたしは家から出ない。あらゆる闖入者を無視して、わたしはわたしと対面する。イボロ対策を考えるのだ。
(おわり)
追記:
電子出版したものはこれと全然違うものになっちゃったことをお伝えしておきます。
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